『EventBiz』vol.5|特集 心に残る光 ~技術の進化でひろがる演出~
暗闇に灯る光は人々の心を「暗」から「明」へと変化させ、効果的な光の演出はイベントそのものをより魅力的にし、人々の記憶へと深く印象付ける。特集では、LED や制御機能など技術の進歩によって拡がる演出の可能性について探る。
アーティストが生み出す世界、その新たな可能性を切り拓く
人々を熱狂の渦に誘い込む、音楽イベントの代名詞とも言えるコンサート。曲を、歌を聴いて楽しむことはもちろんだが、そのド派手な演出やパフォーマンスの見た目に心を鷲掴みにされることも珍しくはない。その見た目の要素として欠かせないのが照明による演出だ。
コンサート会場に入った時には何の変哲もない地明かりであった客電がフッと落ち、周囲が突然の暗闇包まれる。それが始まりの合図だ。観客の心はいよいよ訪れる始まりの瞬間に向け、一気にボルテージが高まる。そして次に明かりがついた時、目の前に広がるのは今までいた場所とは別世界だ。
アーティストによって生み出されるもうひとつの世界、その到来を告げる役割を、照明は担っている。世界は一所に留まることを知らず、常にその姿を変えていく。時に情熱的な炎のように、時に荘厳な氷の檻のように、時にすべてを優しく包み込む夜の帳のように。それら一つひとつがアーティストのパフォーマンスの魅力を幾重にも際立たせ、観客に新たな可能性を見出させることになる。
照明演出とはアーティストが内包する世界を顕現させる助力となり、コンサートを何倍にも素晴らしいものへと昇華させる、紛れもない“力”なのである。
使い勝手は抜群だが、演色性に課題が残る LED
近年のコンサート照明を語る上で外せないのが、LED の普及に伴う演出の変化だ。LED は PAR ライトなど一般照明と比較すると消費電力が少ないため、より多くの灯体を仕込むことができる。フィルターを通さずとも色を変えられるのも大きな利点であり、電子パーツであるため制御も容易だ。「ジャニーズやEXILEのような大がかりなコンサートにおいて、プログラミングの中で使うものはほぼ LED になったと言って差し支えないでしょう」。そう語るのは東京・日本工学院専門学校ミュージックカレッジコンサート・イベント科で照明の授業を担当する山下顕治氏だ。山下氏によるとそれらのコンサートでは95%以上の照明がムービングライト(LED 光源のものも含む)となっているという。同氏が所属する日本照明家協会では LED の普及に伴い、一般照明を「伝統的」という意味合いから「コンベンショナルライト」という言葉に置き換えるよう推進している。
LED が爆発的に普及する一方で、その演色性や温かみに疑問を呈する声もある。イベント・コンサート・テレビ番組・映像制作・施設運営の総合制作会社である共立の舞台制作事業本部照明部の宮川辰雄氏は「LED は色が瞬時に変わるため使い勝手は良いのですが、明かりの質が薄く、軽いと感じています」と話す。LED は RGB の3原色があれば理論上はどんな色でも作ることが可能だが、味わいのある色はなかなか出せないという。一般照明と異なり発熱が少ないのも、クーリングの手間がかからない・安全といった利点こそあるものの、アーティストが汗をかきながらパフォーマンスを行なう“熱いイメージ”が損なわれてしまわれかねない。照明機材の変化によりコンサートの質が落ちてしまうことがないよう、共立では最新の機材を用いながらも、常に従来の良さを超えるための工夫と研鑽を欠かさない。
音楽コンサートをはじめ、演劇、オペラ、舞踊公演、ファッションショーなど各種イベントの照明を手がける東京舞台照明ライティング事業部の加藤司氏も、LED のコストパフォーマンスや利便性を認める一方で、「LED は点きはじめが唐突でポッと点いてしまうため、カーブを実現するのが大変です。一般照明とのタイミングも合わせなくてはいけません」とその扱いの難しさに言及する。同社同事業部の樋口祐加氏は「消費電力の少なさは大変魅力的ですが、一般照明のような爆発的な明るさがありません」と語り、LEDのみで照明演出を完結させる困難さをうかがわせた。
LED は使い勝手こそ便利だが、こだわりのある色を作りたい時には一般照明とフィルターの組み合わせにいまだ及ばないのが実情だ。最近では LED でもあえてフィルターを用いて、一般照明のような深みのある色を実現しようという試みも出始めている。近い将来 LED でも一般照明に引けを取らない色が作れるようになることを願いつつ、それまでは一般照明と LED それぞれの特徴を活かし、うまく使い分けることが肝心と言える。
制御技術の発展により広がった演出の可能性を、活かすも殺すも腕次第
LED の台頭、そしてコンピューターの処理能力向上により、照明の制御技術も格段に発展した。コンサート照明の標準的な通信プロトコル規格である DMX512においても、かつては文字通り512チャンネルしか扱えなかったものが、今ではイーサネットケーブルなどを用いることで、事実上無制限のチャンネルを扱えるようになった。当然、ワイヤレスでの操作も可能だ。東京舞台照明・ライティング部の眞島三夫氏は「扱える照明の台数が大幅に増えたことで、演出家の意図をより正確に再現できるようになりました」と語る。
また、共立では膨大なチャンネルを集中制御するための専門チームを設けた。今までは卓に入れたものはその卓でしか動かせなかったが、ネットワークを介することでプログラミングやバックアップ、機材トラブルへの対処といった作業をチーム内で細分化することができるという。現場での作業も大きく変わり、事前にシミュレーションソフトで組んだプログラムを持ち込むことが当然となった。共立・厚木センターの小林清志氏は「事前にクライアントやアーティストに見せることで、現場でイメージの違いを修正することが減ったのではないでしょうか」と言う。前もって綿密なやりとりのなかで、表現や演出に対するアーティストの要望を最大限に汲んでいるからこそ、現場での作業もスムーズにいく。ある意味、現場に行くまでが勝負なのだ。
制御技術の発展により変わったのは、ステージ上に限ったことではない。観客席においても大きな変化が訪れている。LED の消費電力の少なさ、色の変化、制御のしやすさといった特性を活かし、観客席におけるサイリウムやブレスレット型のライトもコントロールすることが可能となった。国内では2013年に人気アーティスト「SEKAI NO OWARI」のコンサートにおいて実現されており、客席を演出空間の一部として活用できるこの技術は、例えばステージの明かりをあえて消して観客席の光だけを際立たせることで、まるで暗闇の中に広がる荘厳な“海”のような世界を創りだすこともできる。
照明の制御技術の発展は、そのままアーティストの生み出す世界の幅を大きく広げたと言える。しかし、プログラムが複雑化すればするほど、それを扱うのも困難になる。今後はより、技術を扱う側の手腕が問われるのは想像に難くない。