日本に楽しみを!~元気な日本を創るためのイベントを創造~[堺屋 太一 氏]

インタビューARCHIVE
本記事は2015年11月30日発行の季刊誌『EventBiz』vol.1で掲載した内容をWEB版記事として転載および再編集したものです。掲載されている内容や出演者の所属企業名、肩書等は取材当時のものです。

世界一安全な国、日本

日本の安全・安心・正確・清潔の4つを調査していますが、それによると日本は世界に比べて断然、安全・安心で正確で清潔です。例えば昨年、交通事故で死亡したのは4,116人でした。40年前の万国博覧会の時には1万7,000人でしたから、約1/4です。

日本で犯罪を犯して刑務所に入っている人は約6万3,000人で、アメリカの240万人と比較しても少ない。交通機関の事故や延着も圧倒的に少ないです。日本はこんなに素晴らしい国なのに、その反面、日本人の活力が猛烈な勢いで削がれました。例えば、日本では新しい企業ができる率は世界一少ない。しかもその多くが65歳以上で、定年になったから何かやろうという人が大半で、これは大問題だと思いませんか。

日本再生

崩れる日本

そこで、私は日本という国を今、立て直さなければいけないと思うのです。こんなにも静かで活力がなく、さらに人口は猛烈な勢いで減少しており、20年後には25%以上が後期高齢者になります。そういう国が成り立つはずがありません。

私は2011年に「第三の敗戦」という本を書きました。日本は今、第三の敗戦を迎えているのです。第一の敗戦は1860年代後半の幕末維新の時、第二の敗戦は1940年代前半の太平洋戦争の敗戦でした。敗戦とはひとつの国の倫理観、社会、経済自体がともに崩壊することです。明治維新まで江戸時代の政府は社会の安定が、当時はこれを天下泰平といい、最大の正義でした。この天下泰平は生命の安全も経済の繁栄も全て放棄し、何よりも社会の安定が大事だという倫理観で、これが1865年から1869年までに一気に崩れました。

そしてその後は技術の進歩、文明開化、富国強兵などが正義になりました。第一の日本、すなわち明治の日本が誕生したのです。

それから40年ほど大繁栄をしたのですが、1930年代の昭和の時代におかしくなり、再び敗戦を迎えてしまった。

その局面が1940年から1945年の太平洋戦争でした。このときは敗戦により、また倫理観が変わりました。戦後の正義は何よりも安全と平等と経済効率でした。そして1990年ころに経済効率があまりいわれなくなり、目下、安全が日本最重要事項になりました。その結果現在の、世界一安全な、世界一静かで活力のない日本ができたのです。

立て直し