【特別企画】イマーシブ体験を生む空間演出

インタビュー

イベントにおけるイマーシブ体験は、五感を引きつけるための最新技術や創造的なアイデアが欠かせない。しかし、その成功を支えるのは、何よりも作り手の努力と熱意である。観客の心を動かすイマーシブ空間を創り上げるために必要な要素について、各分野の専門家に話を聞いた。

本記事は2024年5月31日発行の季刊誌『EventBiz』vol.35で掲載した内容をWEB版記事として転載および再編集したものです。掲載されている内容や出演者の所属企業名、肩書等は取材当時のものです。

CONTENTS

#観客の心を動かすためのデジタル空間演出と作り手の熱量

長崎 英樹 氏 タケナカ/シムディレクト

#イマーシブ空間の常設化でクリエイターのチャンス広がる

佐村 智幸 氏 パナソニック コネクト
坂西 保昭 氏 パナソニック コネクト

#自然でリアルな音響がイベントへの没入感と価値を高める

石橋 健児 氏 ヤマハミュージックジャパン

#自然の美しさと心地良さを重視したアート的なアプローチ

木之内 憲子 氏 メディアアーティスト

#観客の心を動かすためのデジタル空間演出と作り手の熱量

イマーシブ体験とは

「イマーシブ体験」が流行していますが、その定義が曖昧なため、観客の期待と実際の体験が異なるケースがあります。トレンドワードであるため、使い勝手は良いのですが、同時に市場での「没入感を提供する」という解釈の広さも理解する必要があります。

当社はデジタルテクノロジーを駆使した空間プロデュースが得意ですが、一方で、アナログ的な「お化け屋敷」もイマーシブ体験の一例といえるでしょう。アナログのアプローチは、観客1人に対し、多くのキャストを割り当てることで没入感を高めています。つまり人的リソースが必要とされるため、運用コストが高くなりやすい。逆にデジタルの場合、初期設備投資は高くなりますが、維持コストは抑えられるため、長期の運用では経済的です。また、体験できる内容も大きく異なり、イマーシブ体験におけるアプローチには多くの選択肢があります。

観客の心を動かす演出

長崎 英樹 氏 タケナカ 専務取締役/シムディレクト 代表取締役

大型映像によって視野の占有率を高めることは、没入感を得る上でとても重要です。映像が途切れた部分が視界に入った途端、日常に戻ってしまいます。あとは解像度の高い映像であることですね。

デジタルでもアナログでも、イマーシブ体験を妨げる“ノイズ”は存在します。これは、観客が急に興味を失ってしまう要因で、例えばきれいな空間に不釣り合いな汚れや乱雑な配線、非常灯の光、あるいは演出空間の外から漏れる音です。見せる必要のないものを観客に見せてしまうことで、体験の質を極端に下げてしまいます。

逆に言えば、真っ暗な空間はイマーシブ体験をつくりやすい環境です。学校の文化祭でお化け屋敷が人気なのは、完全に暗くすることができるからです。暗闇では細かい欠点が目立たなくなり、より没入感のある体験が演出しやすくなります。視覚以外の五感を存分に活用することで、イマーシブ体験は一層深まります。

中でも私たちの演出では、音に注意を払っています。懐かしい曲を聴くと、過去の思い出がよみがえる経験があるでしょう。音は映像以上に記憶に深く刻まれる力を持っていると感じています。そのため、音楽をできるだけ早く制作し、イベント開催前の段階から公開したり、会場の入口やチケット売り場でも流れるように設計することで、メインコンテンツにたどり着く前に何度もその音楽を聞いてもらいます。耳に馴染んだ音楽が実際に映像と一緒に流れたときに、さらなる感動が生まれるのです。

観客から「映像が美しかった」というコメントをもらうこともありますが、「映像を見て感動した」といわれると、特に嬉しく思います。どちらの評価も非常にありがたいですが、普段私たちは、演出が観客の心に深く響いているかどうかを常に考えながら制作しています。もちろん SNS の反響も意識しますが、現場に来てくれている観客のリアルな反応こそ大切にしたいのです。そのためには、BGM も打ち込みの音ではなく、ときにはプロの生演奏でクオリティを高めることにも予算をかける価値があると考えています。そのこだわりがどれだけ観客に伝わるかは定かではありませんが、私たちにとってその差は大きい。技術的な面だけでなく、制作側の熱意もイマーシブ体験を高める演出には不可欠です。

また最近、東京都中野区の中野サンプラザの壁面にプロジェクションマッピングを演出した際、中野区の担当者が熱心に支えてくれたおかげで、演出しやすい環境が整いました。私たちも半端なものはつくれないというプレッシャーの中で、充実したやり取りを経て、最終的に納得できる作品を完成させることができました。条件や環境に左右されるのはプロとしてどうなのだろうと、われながら感じる一方で、プロである以前に人間ですから、私たち自身の心が動かされてしまうこともしばしばあります。

#イマーシブ空間の常設化でクリエイターのチャンス広がる

(L)坂西 保昭 氏 パナソニック コネクト メディアエンターテインメント事業部 プロダクトマネジメント部 システムアーキテクト課 マネージャー
(R)佐村 智幸 氏 パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー 映像メディアサービス本部 ソリューション総括部 空間演出・サイネージ シニアスペシャリスト・エバンジェリスト

技術的進化が支える経済的な持続可能性

イベント演出において「イマーシブ(没入感)」はキーワードとなっているが、テクノロジーの進化により、その魅力を常設展示でも展開する動きが見られる。パナソニック コネクト・佐村智幸氏はイベントの効果を日常に取り入れるためのシステムを提案する。「仮設・常設にかかわらず、演出の際はトータルの予算内で運用する必要があり、省人省力化のニーズは年々高まっています。デジタルサイネージ技術を活用し、総合的に空間設計することで、イマーシブ体験が一層身近なものとなるよう開発を進めています」(佐村氏)。

イマーシブ空間を構成するには、さまざまな技術の組み合わせが重要で、同社・坂西保昭氏は「映像、音響、照明技術にとどまらず、振動や香りを含む全感覚にわたる没入感を追求しています。そのような中で、デジタル外装やデジタル内装の概念も広がり、ショップ内装などエンタメ以外の用途での活用が増えています」と話す。「アミューズメント的な体験はイベントでは効果的ですが、常設で導入する場合は、新鮮な体験を提供し続けるためのコンテンツ更新コストも考慮する必要があります」(佐村氏)。イマーシブコンテンツを常設で提供することにより、人々が集まる空間に情報や広告を配信できる。それが収益を生み出すことによって、ロケーション価値が高まるという。

クリエイターの幅広い参加と創造を促す

プロジェクションマッピングはイマーシブ演出の中でも代表的で、イベントにおいても定着している手法である。しかし、その運用方法と技術は日々進化している。佐村氏は「以前はプロジェクションマッピングの運用で現場常駐が必要でしたが、現在はクラウドを活用して、遠隔地からでもコンテンツの調整や監視が行えます」と話す。

同社は、デジタルサイネージソリューション「AcroSign®」と「リモートマネージドサービス」を使うことにより、高品質で効率的なプロジェクションマッピング運用を実現している。さらにクラウドを活用することで、システムの遠隔監視、スケジュール運用だけでなく、クリエイターのコンテンツ制作・参加の幅が広がる仕組みができる。「東京都庁第一本庁舎への大型プロジェクションマッピングには、当社のシステムが採用されました。このプロジェクトはフルリモート運営を実現し、クリエイターがどこからでも地理的な制限なくコンテンツデータの入稿が可能で参加しやすい設計にしています」と佐村氏は述べる。

ロケーション価値を高めるために

テクノロジーの進化にともない、クラウド化や自動化はクリエイティブ業界、特に映像制作における創作活動とその展示方法に大きな変化をもたらした。クリエイターが地理的な制約を超えて作品を公開できるようになることで、作品を披露する機会が増える。あるいは常設展示が現実的な選択肢となることによって、効率的なリソースの使用という観点から、一つのコンテンツが複数の空間で活用されることも可能になる。それらはつまり、あらゆるエリアで日常的にイマーシブ体験が楽しめるということでもある。クリエイターの作品がより多くの人々に届き、クリエイター自身の成長や業界全体の発展につながるというポジティブなサイクルに今後も期待したい。

#自然でリアルな音響がイベントへの没入感と価値を高める

音の響きと音像をコントロールする

石橋 健児 氏 ヤマハミュージックジャパン 音響事業戦略部 PS 事業企画課 主事

ヤマハが提供する AFC(アクティブフィールドコントロール)は、あらゆる空間でイマーシブ音響が体験できるソリューションである。「AFC Enhance」「AFC Image」という2つのモデルが存在する。一般的に、講演会やスピーチなどが行われる多目的イベントスペースは音声が明瞭に聞こえるよう、響きの少ない空間が設計される。しかしながら響きが少ない空間では、クラシック音楽などの生演奏が行われる際、音の広がりや余韻が足りず、観客側は心地良く楽しむことが難しい。ひとつのイベント空間を多目的に活用するには、各状況に最適な音環境が必要になるということだ。AFC Enhance は、建物の特性を活かして音の響きを最適化する。楽器や歌声の自然な音を保ちながら、音の広がりや残響をコントロールし、クラシック音楽の演奏や講演、演劇など、さまざまなイベントに適した音響空間を提供できることが特徴だ。

AFC Image は、空間内の音像を制御するシステムである。音像とは、音を聞いたときにその音源がどこにあるか、あるいはどのように音が広がっているかといった空間的なイメージや位置を感じることを指す。AFC Image によって、音を特定の場所に配置し、その場所から音が出ているように感じさせることができる。視覚的な音の位置と実際の音の方向を一致させることで、オペレーターやクリエイターは意図した音響体験をより多くの観客に提供できる。これらの技術が、イベント空間でのイマーシブ音響体験の価値を高めている。

空間におけるイマーシブ音響へのこだわり

実際、コンサートや公演が行われる大規模な会場では、観客が座る位置によって音響体験に大きな差が生まれやすいという問題がある。会場の中央にいる観客は良好な音響体験が得られる一方、会場の端にいる観客は片側のスピーカーからしか音が聞こえず、本来のリアルな音とは程遠い体験となってしまう。AFC はそういった課題を解決する技術であり、スピーカーからの音ではなく、まるでアーティストから直接届く声を聞いているような音響体験が可能だという。

また、AFC は大規模なコンサートだけでなく、シンプルな舞台設定でも効果を発揮する。例えば、落語の舞台では、基本的に一本のマイクと一人の噺家が存在し、スピーカーは目立たないように舞台の端に設置される。そのため、観客の目の前にいる噺家から直接音が届くはずが、実際には噺家から離れた位置にあるスピーカーから音が出るため、音が本来の方向と違う場所から聞こえることで違和感を覚える。これは没入型の体験とは対極にある感覚である。

しかし AFC 技術により、噺家の声がより自然に伝わることで、観客は言葉や熱量を効果的に感じて物語に没入できるようになる。「このような場面でこそ、音響メーカーとしてリアルで自然な音像をつくることが求められていると感じます。われわれは日常生活の中で無意識にリアルな音を多く体験していますが、その音を再現することは非常に難しい。だからこそ、リアルな音を体験できたときには大きな感動を生むのです。さらに、イマーシブ音響が追求するのは究極のリアルさであり、それはすなわち観客に音響システムの存在を感じさせないことでもあります」(石橋氏)。

#自然の美しさと心地良さを重視したアート的なアプローチ

木之内 憲子 氏 メディアアーティスト

イマーシブ空間を成立させるには

もともと日本の空間アートには没入させる要素が多いと感じています。例えば、まるで水があるかのように感じさせる空間である枯山水はイマーシブの原点といえます。今のような映像表現がない時代から、お客様をお招きして特別な体験を提供する空間はありました。また、日本語の「うつろう」という表現は、とても空間的な没入感を持っています。イマーシブ演出を考えるとき、時間軸が重要です。うつろいというのは時間経過であり、それも時計のように一定に刻まれる時間ではなく、内面的な時間の流れです。イマーシブな空間というのは、ただ映像に囲まれているだけでなく、その人それぞれの時間を思い出させる装置があってこそ成り立ちます。快適さや美しさ、居心地の良さ、ときには恐ろしさ、あるいは風がふわりと吹いている感じや、月明かりに照らされているような輝きが感性を刺激します。さまざまなプロダクトが組み合わさって一つの装置となり、没入感を生むのです。

一方で、絵画や彫刻などの作品は通常、フレームや区切りの中に収められています。そのフレーム内では成立していますが、空間とは分断され、没入感を損なう可能性があります。作品が空間内に存在する以上、その作品が空間でどう作用し、どう関わるかまで真剣に考える必要があります。アート的なアプローチでイマーシブ空間を作るときは、その作品と空間をどれだけ丁寧に接触させるかが重要です。

照明映像が生むイマーシブ体験

照明映像は私が普段考えていることを抽象化した映像コンテンツであり、商品なのですが、デザイナーの方が自由に扱える素材のような役割でもあります。デザイナーのアイデアを広げ、一緒に新しいクリエイティブを生み出したいと考えています。映像を情報としてではなく、現象として体験できるようなアプローチで取り組んでいます。例えば「木漏れ日が差し込む美しい花畑」は、それだけでイマーシブ空間がイメージできます。木漏れ日の光の動きはうるさく感じませんし、また花が咲いているという現象そのものが美しさを持つのであり、それ以外の情報が過剰になると、逆に没入感が損なわれます。驚きを与えるのではなく、居心地の良さを感じるような、さりげなく印象に残るものをつくりたいと考えています。

ただし、映像を空間全体に投影すればイマーシブであるとは考えていません。物語が空間にしっかりと存在していれば、映像や情報は少しで十分です。映像が映っていない部分にも、あたかも映像が存在しているかのように感じさせるコンテンツづくりを目指しています。

照明映像のコンテンツは、人に親和性のあるスピード感や色味を重視しています。人間が本能的に心地良さを感じるものは、自然の動きや色に近いものだからです。一方、人工的な要素が多いと空間全体が均一に感じられやすく、コントラストが生まれにくいです。自然の雰囲気や人間的なリズム感をベースにすることで、情報がより伝わりやすくなるでしょう。赤ちゃんから年配の方まで自然に受け入れられるものが理想です。そのような中で、さりげなく提供される情報は視覚的なストレスがなく、魅力的です。

私は、ライフワークとして「つくる」という行為を非常に大切にしています。アート的なアプローチを取り入れ、自分が素敵だと思うものを生み出す過程を、ビジネスとしても活用しています。しかし、実際の仕事には制約や制限がありますし、逆に仕事にはならないけどつくってみたいと思えるものもあります。そのようなときでも、自身の作品として制作し続ける機会を失いたくないなと感じています。

また、空間に驚きを生むことを目的とするのではなく、自然の美しさや見た人に何かを想起させることを重視しています。その結果、さらなるクリエイティブな空間が生まれることを期待しています。どのような化学変化が起こるかを見るのが楽しみです。また、作品には必ず余白を持たせ、見る人の自由な解釈を尊重しています。こちらから積極的にメッセージを押し付けるのではなく、作品を通じて自然に伝わるものをつくりたいと考えています。見る人が自分の感じたままに受け取ってもらえるような作品を生み出すことを目指しています。

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