『EventBiz』vol.24|特集① イベントはテクノロジーで“こう”変わる
いかに驚きや感動を与え、体験価値を向上させるか。イベント主催者の使命達成を支える立場として、技術者たちは日々イベントテクノロジーの開拓に奮励する。特集ではテクノロジーの使い手と作り手にフォーカス。テクノロジーを使ったユニークな発想や体験のほか、それらを実現させた数々の技術を紹介する。
2018年1月に開催されたイベント「FINAL FANTASY 30th ANNIVERSARY EXHIBITION─別れの物語展─」のために、“音声AR”という技術が開発された。人間の聴覚を拡張し、音で心の動きを創り出すことが得意なツールで、4年前に開発された技術であるもののイベントでの利用は絶えず、進化を続けている。そこで音声ARについて、先駆者である電通ライブの高崎恭子氏に、同社のイベント技術に対する考え方を踏まえながら聞いた。
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心を震わす聴覚
「音声AR」とは、ビーコンやGPS、センサーでユーザーのいる位置情報を把握し、事前にプログラムされた音声情報や音楽をスマートフォンのアプリで再生するシステムだ。現在、博物館や空間演出、イベントなどさまざまな分野で利用されているが、この技術を使って今までにない新しい体験をデザインしたのは電通ライブとバスキュールのチームである。
「音声 AR」は、人気ゲームタイトル「ファイナルファンタジー」の30周年を記念したイベントの演出のために開発された。「別れ」という切り口から作品ごとに異なる世界観を映像やパネルの展示でまとめあげ、さらに音声ARの技術を加えることで新しい体験を作り上げた。その内容は来場者が年齢や性別、好きなタイトルなどを入力すると、登録した情報によって会場内の各展示エリアの前で流れる音楽や台詞が変わり、パーソナライズされた音の体験が楽しめるというもの。音を取り入れ、視覚情報に頼り過ぎない構成にすることでプレイヤーの想像力を膨らませ、「別れ」を感情的に表現し、より物語の中に没入できるようにした。
高崎氏は開発の背景について「このイベントで来場者に目の前の“本物”を引き立たせてその世界観に没入させるにはどんな体験がベストか考えたとき、アイデアとして出た手法がたまたま音声 AR でした。しかし当時はツールとして実現されていない技術だったため、自分たちでこの技術を1から作らなければなりませんでした」と話す。
開催当時、すでにARという技術は世に存在していたものの、基本スマホやタブレットなど画面越しに何かを見るといった、視覚の拡張が主流だった。こうした中で視覚を邪魔せずに体験価値を向上させる方法を模索したところ、聴覚を拡張すること、要は「音声AR」という考えに辿り着いたという。人間の記憶は、音と強く結びついている。思い出の音楽を聞くと、過去の情景が鮮明に蘇ってきたり、その時の感情が喚起されたりすることがある。イベントでは「別れ」を切り口にゲーム音楽やストーリー内のセリフを使い、観客の“心を震わせたい”という狙いがあった。「重厚で感動的なストーリーが特に魅力的なゲームですから、体験した人がプレイしたときのことを思い出して涙するような体験を創出したいと考えていました。ですが、展示だけでは楽しませることはできても心を震わせるまでにはなかなか辿り着かない。そこで聴覚の力も借りようと、音の演出と音声 AR を組み合わせたんです」(高崎氏)
ほかにもアーティスト・GLAY のイベントでも音声 AR が使用されている。彼らが幼少期を過ごしたゆかりの街・函館を舞台に、ユーザーが街を歩くと、BGM やメンバーからの音声メッセージが流れる。ただ街を歩くだけでなく音の演出で、アーティストのルーツを辿り、彼らの記憶を追体験できるコンテンツに仕上がっている。このように音声 AR は物語性のある企画、人の記憶や感情と関わりが深いコンテンツとの親和性が高い。