デザインとは何か。それは本来、答えのない問いかもしれないが、優れたデザイナーはなぜか明確な答えを持っているようだ。今回は幅広い分野で活躍する上野鐵也氏に、展示会ブースデザインの考え方とデザイナーが果たすべき社会的役割について語ってもらった。
ジェットデザイン 代表 / デザイナー
福島県生まれ。東京造形大学デザイン学科でデザインマネジメントを学び、卒業後、秀光に入社。その後独立し2000年にジェットデザインを設立。ショールーム、オフィス、エキシビションなどの空間デザインや家具、家電などのプロダクトデザインを多数手がける。日本空間デザイン協会(DSA)専務理事。
ディティールを追求する
大学を卒業し家具メーカーに入社した。当時の社長に言われた言葉が今でも心に残っている。「デザイナーを目指すのならば、とにかくディティールをやれ」。つまり意匠の部分だけではなく、つくりの部分、モノのつくり方や材料について徹底的に理解を深め、木材や金属、ガラス、樹脂、ネジなどの素材も含め、工場や現場であらゆる可能性をイメージし、何ができるのか、どうしたらできるのかを考える。そうした中で、資料や記録が増えていき、自分だけの“虎の巻”ができあがったことに感謝している。
このおかげだろう。独立して多くのデザイナーと仕事をするようになって気付いたことだが、デザインする際、「実現する可能性」というアイデアの幅が広いという自信につながった。
デザイナーが描くものは、ドキドキワクワクしなければならない。それを実現するためにはそれがどうつくられているのか、素材は何なのか、そしてどう佇むのか。「ディティールにこだわれ」と今では私自身も若いデザイナーに伝えている。とにかく工場や現場に行け。事務所にいてデザイナーの仕事なんかできるわけねぇよ、という考え方はゆずれない。
ブースデザイン・マネジメント論
展示会のブースデザインは、企業プロモーションの枝葉であることを踏まえた上で、クライアントは幹の部分から発想し、どのように枝葉へ表現したいのか、そもそも企業は消費者に何を約束し、求められているのかという、より俯瞰した観点からデザインを考えるべきだろう。
モーターショーに関わった方ならご存知だと思うが、例えば欧州の某メーカーは、世界中に出展するモーターショーで展開できるように、同じ装飾・構造部材を持ち歩いている。それらをベースに出展サイズや各国での訴求ポイントに合わせて組み替え、ローカルイメージを付加する。これはつまり、メーカーの理念を世界中の展示会を通じて均質に表現しているということに他ならない。そう考えると箱としてのブースだけでなく、コミュニケーションデザイン全般、映像のみならず、コスチューム、ネームプレート、印刷物など細部に至るその全てが幹からの発想でデザインマネジメントされていることがわかる。ゆえにメーカーのフィロソフィーが全世界に向けて浸透し、デザインによってシステマチックに広がっていく。2003年から数年間、実際にこのような考え方で国内メーカーの各国モーターショーのブースデザインに参画させていただいた。
逆に毎年、毎回、出展する国によって異なる意匠のブースを見ると、言いたいことがバラバラになって伝わっているのではないかと感じてしまう。デザインを資産として捉える考え方は、企業プロモーションや展示会ブースのあり方としても非常にしっくりくるし、そこにデザインが力を発揮する場がある。
環境配慮とブースデザイン
今でも設営や撤去のようすを見ると、多くのブースは環境に配慮しているとは言えないと感じる。以前、そんなブースはつくるべきではないとクライアントや関係者に対して、私はよく噛みついた。それによって批判されたり、面倒な奴だと思われることも多かった。それが正であるというつもりはない。実際、ゴミを出さないブースをつくる一方で、私は古いバイクでガソリンをぶちまけながら通勤しているし、エアコンも使う……。私にとっての環境配慮とは、何かをしているから良い・悪い・正しい・間違いということではなく、個人の境界線の引き方の違いだったりもする。それぞれができることをそれぞれの意識下でやれば良い。ただ一つ言えるのは、デザイナーはプロジェクトを進める際、川上から意思表示できる立場にいるので、具体的にデザインする段階で「こういう世界になったらいいのに」という思いを表現できる。であるならば、自分にとって一番大切な子供たち、またその子供たちが暮らすこれからの世界を少しでも豊かな世界にできるのであれば、ほんの少しでも環境負荷の少ない循環型のデザインを心がけるべきだと考えている。
それは単に環境配慮のためにシステム部材を使う、ゴミを出さないということではなく、例えば一度使用した建材が別の用途で使えるとか、どうしても廃棄する建材は再生素材や自然循環素材を選ぶなど、期間が決まっている展示会だからこそ、使い終わったものが別の価値を生み出すような枠組みにデザイナーからアプローチすべきであり、その循環自体をデザインする発想が必要なのだ。
企業の行動が社会の評価に直結する昨今、社会性を内包するのはデザインにとっては当たり前のことだが、最も重要なのはこのようなアプローチでデザインされた空間が美しく、かっこよく、そして誰もがドキドキワクワクするような人の心を動かす空間でなくてはならないということだ。
デザイナーの役割と責任
パリのシャンゼリゼ通りに高層インテリジェントビルが建たないのには理由がある。それは発注を受ける前にデザイナーが「この地域にはそういった建物は必要がない」とはっきり意思表示する社会的責任を果たしているからである。一方、通学路にパチンコ店やファッションホテルが建っていたり、どこに行っても同じようなチェーン店が並ぶ地方都市幹線道路沿いの景観を見ると、クライアントにオーダーされると要不要の判断なくつくってしまう社会的責任の欠如とも思えてしまう。
このように、デザイナーのリテラシーによって空間の醸成が左右されるのであれば、デザイナーは世の中に対し、きちんと自分の考えを示すべきだし、それと等量の社会的責任も負うべきだ。経済性だけの切り口や効率性や合理性のみの判断基準でデザインしてしまうと豊かな文化はつくれない。そもそもデザイナーの仕事は自分が描いた線がカタチになって、世の中に残るのだからダメだよね、変なモノをつくったら。という単純なことなのである。
若いデザイナーへメッセージ
自分へ投資すること。例えば、出張に行けば会社から出張費が支給されるだろう。それに1000円でも2000円でも足して1つでも星が上のホテルに泊まるべき。これは空間デザイナーにとって重要なことである。
ホテルのようなホスピタリティ空間にはさまざまな要素が詰まっていることを知ってほしい。高級な料理を食べる空間って一体どんな雰囲気なのか。どういったオペレーションなのか。寝室はどんなベッドメイキングなのか。どういう浴室で、どういうサービスがあるのか。とにかく体験しながら学ぶべきだ。少しでも上の、良いとされている体験がなぜ良いのかを考え、体感することがデザイナーの成長に欠かせない大切な行動なのだ。もちろん、毎日行くことは叶わないが月に1度、2ヶ月に1度でも良いので、良質な刺激を意図して自分に与えることが豊かな体験価値となり、人の心を動かすようなデザインにつながると思っている。